06.15.02:45
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03.21.22:00
先日「どういう人と気が合うか?」という話題が持ち上がり、
その中でも「言葉の受け取り方が近い相手だといいね」ということが印象に残りました。 私は、できるだけ相手が持ってる意識を共有したいし、客観的な情報なら、より正しいものであればいいと思っています。 その為、情報の訂正のし合いは当然だと思っているし、やりとりを深めて(たとえ意見は違ったとしても)相手の持っている情報に自分の持っている情報をすりあわせることは大事だと思っています。 情報を正すことは、相手を否定することとは違うと思います。 けれども、会話している際に相手の情報を正すと「相手より自分が正しい」ことの主張だと思われてしまう場面があります。 この匙加減が難しい。 もしかしたら、相手はそうやって頭ごなしに否定ばかりされてきた人かもしれない。 もしかしたら、相手にとって正しいことはそっとしておいたほうがいいのかもしれない。 けれども、そうやって曖昧な優しさで間違った意識が下地になってしまったら、事態をよりよい状態にもっていけないこともあります。 「匙加減」と「相手との関係性」の上で、言葉のやりとりがあるんだなあ、と考える日々です。 「ことば」については、ずっとずっと考えていることなので、また話題に出すかもしれません。 堅苦しい話になりましたが、たまにはこんな日も。 PR
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